わたしの修行時代

水前寺地区のダイエット専門パーソナルジムPRO.FITです。

今回はわたくし池田憲昭の下積み時代について

 

 

 

 

 

 

『かっこいい体になりたい』

そんな想いから、

2007年2月よりウエイトトレーニングを開始。

最初は成果が出ずやみくもにトレーニングをしていましたが、本やインターネットを見てみると

「どうやらきちんとしたやり方があるらしい」

と気付き、より効率的なトレーニング方法を模索し始めました。

その後少しづつ体型が変わり始め、その面白さにのめり込み

2010年に福岡県ボディビル選手権に出場。

運良くコンテストで初入賞を飾り、ここから私のキャリアはスタートしました。

 

 

同年11月、

ウエイトトレーニングを極めるために単身南米に渡り南米6ヶ国にて1年間の修行を積むこととしました。

色んな方から

「なぜアメリカではなく南米だったのか?」

と尋ねられるのですが、それには理由がありまして。

 

アメリカのトレーニング情報はYoutubeなどで簡単に入手可能だったのですが、

南米はスペイン語圏で全く情報が入手できませんでした。

荒野や山脈、ジャングルなどに囲まれ過酷な環境でもあったことから、私はどうしても南米で修業し現地での行われているトレーニングを自分のものにしたいという考えで秘密裏に南米に渡りました。

まずはアルゼンチンの首都ブエノスアイレスへ

普通の旅行者は宿を決めてからジムを探すと思いますが私はジムの近くの宿に決めました。

Aerob Gym?だったと思います・・・

ジムにアジア人はおらず独りぼっちで毎日朝夕の2回トレーニングしていると物珍しさから色んな人から声を掛けられ仲良くして貰いました。

友人もできました。

南米初のジムはこんな感じで。

あまり設備は整っていません。

アジア人差別が根深く、私が人ごみを歩いている時にくしゃみをすると、周りの人が一斉に離れていく

ブエノスアイレスはまさにそんなところでしたが、ジムでは皆仲良くしてくれ楽しい日々でした。

食事やサプリメント事情も教えて貰い日本ではなかなか手に入らない知識を得ることができました。

ちなみにアルゼンチンは牛が多すぎて牛肉がとても安く、

水よりコーラの方が安いという不思議な国でしたので私は朝昼晩ステーキばかり食べていました。

アルゼンチン北部

パラグアイとブラジルの国境にまたがるイグアスの滝の周辺にて。

滝を見に来ていたアメリカ人の集団との写真です。

 

そこからアンデス山脈に向かい、

北部の町サルタでもジムを拠点に宿を決め

クリスマスシーズでしたがジムの皆とわいわいトレーニングをしながら楽しく過ごしました。

南米では英語が全く通じないためスペイン語の勉強もしながらトレーニングを繰り返す日々でした。

ボリビアに入国し

世界最高地の首都ラパスでは高山病でひどい頭痛に悩まされながらもジムを探し、

おそらく世界最高地であろうジムでトレーニングを行いました。

しかし悪化する高山病には勝てえず2日でラパスをあとにしました・・・

 

次にペルーに入国

ペルーの旧首都クスコで偶然入ったジムが偶然にもペルーでナンバーワンの名門ジムで

Premium Gym CUSCOでした。

そこにはたくさんのトレーニング愛好者が在籍しており

6回のペルー王者に輝いたデニス・ペルトローチェ選手にトレーニングの手ほどきを受け、その時のトレーニング哲学は今も私の中に残っています。

また、Mr.クスコのコーチからもトレーニングや食事について指導を受けました。

数週間たち、

地上絵で有名なナスカに到着しました。

ここは私が最も愛する町で、半年間という長い期間に渡り住むことになりました。

宿の真裏にあるGym Mars

ここが私のお気に入りのジムで毎日トレーニングし、この頃には少しずつスペイン語が話せるようになり意思疎通ができるようになってきました。

過去に南米の友人たちがノートに残してくれていたメモも読み解くことができ、飛躍的に南米のトレーニングに関する理解が進みました。

おしゃれなエントランス・・・?

オーナーのマルコ氏と。

(全身赤が彼のトレードマーク)

 

その近所にライバル店となるジム・ミレニウムというジムがあり、マルコ氏には悪いですが私はそこにも通いトレーニンさせて貰ってました。

トレーナーのフェルナンド氏と。

友情を深めることができ南米で初めて一緒にトレーニングができるパートナーができました。

彼はその後も実力を付けナスカのチャンピオンに輝き、ペルーのナショナルズにも出場。

有名な選手になっていると聞いています。

ナスカの地上絵の研究を行っている

これまたフェルナンド氏

 

設備も整っておらず砂くさい荒野のジムでしたが、

朝早くから女性がスクワットラックを占領し理想のボディを目指しトレーニングを頑張っていました。

皆の体型にかける意識の高さを感じ、こんな土地でも楽しくトレーニングする人たちを見て

たくましさと自分自身も様々なマインドが身に付きました。

 

南米で得た習得した貴重な経験と知識は私の財産です。

 

私は帰国後もトレーニングを続け、

2013年、当時世界中で大流行していた

「かっこいい体・バランスのとれた体」を競うフィジークというカテゴリーが確立された時に競技生活への復帰を決め

 

2014年から出始めた全てのフィジークコンテストのほぼ全てを優勝で飾ることができました。

以来フィジーク界の第一線を走り続け、2016年のUSBB全日本2連覇をもって初のプロに認定されました。

2017年には世界最高峰のステージである

Mr.Olympiaアジア大会に出場でき、

セミファイナリストという称号を獲得。

 

 

PRO.FITのお客様にも

「きれいな体」

「かっこいい体」

「バランスのとれた体」

を目指すフィジーク・ボディメイクという、従来のダイエットの一歩先を行くトレーニングをご提供させてもらっております。

きついだけ、苦しいだけではない、私自身が感じたトレーニングの楽しさ、やりがい、そして体型が変わる喜びを多くの方に知って頂きたい一心で日々のトレーニングをサポートさせてもらっており、

痩せるだけでなく体を大きくすることや体型バランスを整えることの全てに精通しておりますので、

お客様のご要望の通りに高度にカスタマイズしたプランをご提供できる、というわけです。